工房長です。前回(その5)では、このキーカバーの主に設計面を説明しました。話の中で革茶屋さんの拘りもご紹介しましたが、今回は実際の物づくりの様子をご紹介します。後半は「コバの磨き仕上げ」について少し深く語ってみます。

今回、かなり詳細な取材写真の掲載を、特別にご了解いただきました。写真はmaniacsの製品ではなく革茶屋オリジナル製品を作っている様子ですが、桶狭間にある革茶屋さん工房の雰囲気をお伝えできればと思います(全ての写真はクリックで拡大します)。
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maniacsキーカバーの最大の特徴であるしぼり工程は、ノウハウがあって詳細をご紹介できないのですが、しぼりが終わったあとの工程はこの写真と概ね同じになります。最初の写真は革の外形をハンドプレスで切り抜きいているところです。正確な形状にカットするために、製品ごとに専用の、鋼(はがね)で作られた抜き型を用います。

maniacsの製品の場合は、この時点で既に革の一部はしぼられて立体になっています。表面の刻印、窓開け、裏面の刻印、その他細かな加工もこの段階で済ませます。写真は平面の革を加工している様子ですが、maniacsの製品は金具が立体の側面にあるため(写真をお見せできませんが)独自の治具と、やり方の工夫をしていただいています。
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次に縫製用の針穴をあけます。針穴は機械でなく一穴ずつの手作業であけています。そしてその針穴に一目ずつ針を通して縫って行きます。糸の両端にそれぞれ針を付け、裏から表に糸を通したらその糸を避けながら同じ穴に表から裏にもう一方の針を通し、通した糸は一目ごどに両側に引いてテンションを掛け、次の目に縫い進めます。

maniacsの製品は手仕事の良さを求めて意図して手縫いにしてもらっているのですが、革が立体ですので仮に機械化しようと思ってもどっちみちできません。・・・ばかりでなく、じつは写真のように素直に平たくクランプして縫うことすらできません。詳細お見せできないのですが、立体の革をクランプして縫い進めるために、この工程でもmaniacsの製品は特別の工夫をしてもらっています。
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縫製は終点まで進めて糸仕舞いをします。革茶屋さんオリジナルの製品はひとつのキーカバーに幾筋もの縫製を行いますが、maniacsの製品は一筆書きの縫製なので糸仕舞いも一回だけです。写真は革の裏面で糸仕舞いしていますが、maniacsの製品は表と裏の両方ともが外観面になりますので、縫製にも糸仕舞いにも特別の気を遣います。
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金具(ギボシ)をかしめて装着した裏側には、薄く削いだ革を貼っています。金具がキーに直接触れないように薄革で覆って保護しているのです。その薄革は、保護の意味では何の革でも構わないわけですが、革茶屋さんではブッテーロなら同じ色のブッテーロを専用の機械で薄く削いだものを使う、という拘り様です。左写真は革を薄く削ぐための機械です。
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余談ですが、maniacsのブログで革茶屋さんの物づくりの皆さんを「スタッフさん」と書いています。「職人さん」と書いた方がハンドクラフト的な有難味が増しそうですが、写真からもそれとなく伝わるように、桶狭間の革茶屋さん工房はちょっぴり華やいだ雰囲気で「職人さん」という表現はマッチしません。

創業当初は荻原社長ご自身が全ての作業を行っていたそうですが、手芸が得意の方、レザークラフトが趣味の方など一人、また一人と加わり、荻原さんが懇切に作業指導をして工房の体制を築いてきたのだそうです。今ではすっかり熟練のスタッフの皆さん、それぞれご担当の工程は「僕よりも上手です」との荻原社長の弁です。
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縫製を完了したら、革のコバを磨いて仕上げます。これは植物タンニンなめし革の醍醐味でもあります。何故なら、クロムなめし革は軽くて扱い易い一方、コバを磨いてもボソボソするばかりで仕上げられないからです。このためクロムなめし革の製品は、布製品と同様に縁を内側にしまい込んで隠す縫い方が殆どです。コバを出さない作りは機械生産との相性も良いのです。

「コバの磨き仕上げ」はタンニンなめし革×ハンドクラフトならではであり、「本物感」を際立たせます。これ見よがしにコバを強調しなくとも、作りの必然性としてさりげなく綺麗なコバを見せるのは、革製品としての至極のカッコ良さです。maniacsの、立体的なしぼりを縁取ったコバは、ダンディともキュートとも言える魅力的なアクセントになっています(是非、上の写真を拡大して見てください)。
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さてそのコバの磨き仕上げは、じつは「簡略」にも「念入り」にも行うことができます。そして良くも悪しくもやったなりの仕上がりになります。例えば塗料のような薬品を塗って1工程で終わらせることも可能ですが、そうするとガサガサした感じのコバに仕上がります。革茶屋さんはコバにも妥協せず、プロフェッショナルの技術でかつ趣味人のように手間を掛けて仕上げています。この種の商品としては異例なほど丁寧なやり方だと思います。

いったいどのくらい手を掛けるのか? 具体的に革茶屋さんのコバ磨きは、大きく4工程からなっています。コバは切れ味の良い抜き型でスパっと切れていて、その既に綺麗なコバを最初にペーパーで粗削りすることから始まります。全周を丁寧に削って整えてから、CMCという革専用のコバ磨き剤を塗布して、プレススリッカーと呼ばれる木製工具で押圧を掛けて磨いていきます。CMCの希釈度も、イタリア革の特性に合うように革茶屋さんの独自のレシピで行っています。
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スリッカーでコバをしっかり固めてから、さらにもう一度細かい番手のペーパーで研いで表面を整えます。そして最後に仕上げ剤を塗って艶を出してようやく完成に至ります。たかがコバと侮るなかれ、人の手が本当に幾重にも掛かっているのです。仕上げ剤は着色のものを使えば誤魔化しが効きますが、革茶屋さんは透明のものを使っており、革自体の染色がそのまま素直にコバに現れて、厚み方向に自然なグラデーションになります。

植物タンニンなめし革の中でも、バルケッタ製法のイタリア革は、コバをとても美しく磨きあげられるという特徴があります。そして革茶屋さんは、バルケッタ製法の革を長年扱ってきた経験により、その革に最も適したプロセスでコバを仕上げているのです。単にブランドものの革材料を仕入れて使うだけでなく、その貴重な素材のもつ素晴らしい特性を理解して、きちんと引き出す姿勢に感服する思いです。
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作業の工程を知った上であらためて品物を眺めると、ステッチの一目一目が情緒豊かに目に映り、コバの艶さえもとても愛おしいものに見えてきます。滑らかなコバにそっと手指を触れてみてください。本物の素材を生かしきる本物の物づくり。レザークラフトの素晴らしさをじっくりと味わっていただける仕上がりです。

先日、Webshop掲載用の商品撮影を行いましたので、次回その写真を大判でたくさん掲載いたします。7月初旬の発売の予定で準備を鋭意進めておりますので、もう少しだけお待ちください。なお、開発記の方は、VW用の製品化に向けて(その7)へ続きます。

(Audi-Cタイプのご紹介)