工房長です。革製キーカバーの開発、前回(その3)の記事で、黒い革の選定をどうするか?という課題に直面したところまでご説明しました。工房長は革の着色に「染料」と「顔料」があることも「何となく知ってる」というレベルだったのですが、この課題に直面し、あらためて「革」という素材についての興味が深まったのです。

そもそも、なぜイタリアの革が良いのか?それを知らずに漠然としたイメージでイタリアンレザーに拘っても、浅薄な商品開発になってしまいます。今回(その4)では「革」について少しディープに語ろうと思います。思い入れが過ぎてついつい長文になってしまいましたが、本革好きの方は、ぜひご一読いただければと思います。(全ての写真はクリックで拡大できます)

maniacs革3-31牛の皮は、そのままの状態で用いると、乾いて硬くなり、強度も耐久性もなく、腐敗も発生します。衣料品や装身具に適した風合いもありません。この皮のコラーゲン繊維になめし剤を結合させて、状態を安定させ、オイルを浸透させて(加脂と言います)、強度と柔軟性のある「革」にすることを「なめし」、英語でタン(tan)と言います。皮をなめして革にすることで、はじめて衣料品の素材として使えるようになるのです。

革は、もととなる皮(牛の種類、年齢)によって、カーフ、キップ、ステアバイト、カウバイト等に分類され、使用する部位によって、ショルダー、ベンズ、バット、ベリー等に分類されますが、それらは分類の一般名称です。素材としてのなめし革自体に固有の商品名がつくような上質の革は、なめし業者すなわち「タンナー」のなめし技術によってブランド化されています。その際には、もとの皮の種類や部位の選定もタンナーの仕事に含まれます。

maniacs革3-28例えば maniacsで採用する「ブッテーロ」は、イタリアのタンナー、コンツェリア・ワルピエ社が、成牛のショルダーの中でも首回りの限られた部位を用いて、ワルピエ社独自のレシピの植物タンニンなめし、加脂、着色を行った革です。つまり、ブッテーロと言うだけで、なめし方と仕上げだけでなく、皮の種類と部位も自ずと限定され、革の外観と感触が一位に定まるわけです。ブッテーロの魅力が的確に語られているサイトがありましたので、リンクしておきます。 イタリア銘革・ブッテーロについて

イタリア革の中でもとくに上質で人気のある革には、このように素材としての革自体に固有の名称が与えられ、広く知れ渡りブランド化されているのです。イタリア革はタンナーの社名をそのまま革のブランド名とせずに革自体に固有の名称を与えることが多いです。ワルピエ社はブッテーロの他に、よりオイルリッチな「マレンマ」という革も作っています。

別の例で、高級車の内装用として有名なコノリーレザーの「コノリー」は、イギリスのタンナーの社名です。コノリー社は1878年創業の英国王室御用達の名門タンナーで、そのなめし技法は「秘伝の独自技法」とされています。また、日本の「栃木レザー」も栃木産の牛という意味ではなく、タンナーの会社名です。この場合も、社名=革のブランド名になっています。

栃木レザーでは、革をなめすプロセスを動画で詳しく説明していますので、なめし技術について更に詳しく知りたい方はご覧になってみてください。
栃木レザー:皮が革に昇華する20のプロセス
この動画を見ますと、植物タンニンなめしの工程には実に2ヶ月以上の期間を要します。普段何気なく使っている本革製品の、革そのものにたいへんな手間と技術が掛っていることに、あらためて驚かされます。

余談ですが、栃木レザーは牛一頭を左右に半裁したサイズの革で取引されることが多く、仕入れた革には全ての部位が含まれます。使う側で用途に応じて適した部位を用いるか、あるいは例えばキーカバーの材料として無駄なく全体を使いたい場合、個々の製品にはショルダー、ベンズ、バットなどの何れかの部位が引き当てられることになります。革は天然素材ですので、それを含めてひとつの味わいだとも言えます。

maniacs革3-33なめしを意味する「タン」は、お茶、柿、ワインの成分で知られる「タンニン」と語源が同じで、古くから革のなめしには植物のタンニンが使われてきました。1クールに2ヶ月も要するなめしの技術は、千年を超える長い経験の蓄積の中で緩やかに発達しました。

地域ごとに植物や気候の特徴があって自ずとなめしの技術も異なったため、古くから国境を越えて交流のあったヨーロッパでは、各地のなめし技術が交換され、そこでまた独自の工夫が加えられました。ヨーロッパの全般に革を実用品とする捉え方をベースにしつつも、家具や道具などの文化レベルの高さ、衣料品や装身具(いわゆるお洒落)への関心の高さに後押しされて、様々な優れたなめし技術に発達しました。

ヨーロッパの中では、イギリスは騎馬の文化に重きがあっため、馬術用具の素材として、丈夫で、どちらかと言うと分厚く固い革の技術が発展しました。先のコノリーレザーは手触りと風合いに定評のありますが、これも馬車の内装用から高級車用へと繋がっています。

ドイツはその工業化の技術力によって約百年前に「クロムなめし」を世界で初めて実用化しました。植物タンニンよりも短時間で効率良く生産でき、軽く丈夫で、長持ちするクロムなめし革がドイツでは主流になりました。ドイツではタクシーにも革シートが多く使われたようですが、革が「布よりも丈夫」という機能面で捉えられていたことを象徴しています。

maniacs革3-29フランスでは衣料品や装身具のための美しさを追求し、顔料による着色と表面仕上の技術が発達しました。綺麗な型押しや、エナメルのように滑らかな表面の革が作られ、フェイクレザーのなかった時代に、発色の鮮やかな、均質で美しい革がファッションブランドとともに発展しました。

そうした中で、イタリアの革は植物タンニンなめしの伝統を進化させ、革ならではのエレガンスを追求していきました。そのイタリアでも20世紀の中頃には「植物タンニンなめしは手間が掛りすぎる」という理由で、クロムなめし革に押されて廃れかけましたが、そのときフィレンツェ近くの勇気あるタンナー達が中心となろ、革の風合いや手触りに拘って植物タンニンなめしの良さを再び見直す機運を高めたのです。

近年ますます人気のイタリアンレザーの質感は、伝統の製法をベースにしつつも、この再興以降の工夫と進化によるところも大きいです。しっとりと手に馴染み、使い込むことによって表情が変化し深みを増す風合いは、植物タンニンなめし(=ベジタブルタンニンなめしも同じ意味)ならではの美点であり、すなわちイタリアンレザーの特徴となっています。

maniacs革3-34イタリアには、工場を備えた会社から家族経営の小さな工房まで、今でも1000を超えるをタンナーが存在し、その多くがトスカーナ州のフィレンツェからピサへ流れるアルノ川の周辺にあります。

この地方に伝統として受け継がれる植物タンニンなめしと加脂の革作りを「バルケッタ製法」と言いますが、これは決まった製法、決まったレシピを意味するのではなく、その地方で行われている技法の総称です。タンナーによって、タンニンに用いる植物も浸し方も異なり、オイル(植物油、獣脂、少量の鉱物油も配合する)のレシピと含浸量も異なります。その多くは門外不出に守られているため、じつはバルケッタ製法の定義も明確ではないのです。

maniacs革3-32そのバルケッタ製法の継承は「イタリア ベジタブルなめし革のタンナー組合(コンソーシアム)」が守っています。
ベジタブルなめし革コンソーシアム 公式サイト
ブラウザの日本語訳機能で読むことができ、ABOUT US の下の Associated Tanneries には、この組合に加盟しているタンナーの一覧が見られます(現在22社)。1000を超えるイタリアのタンナーの中でもコンソーシアムに加盟して正当なバルケッタ製法と認められるタンナーは限られ、その製品の中でもブッテーロのように固有の名称付きで世界に通用する革はさらに限られます。

maniacs革3-27銘革を作るタンナーの多くはトスカーナ地方の中でもサンタクローチェ、サンミニアート界隈に集まっています。左写真はコンソーシアムの公式サイトからワルピエ社をGoogleMapで表示したものです。サンミニアートの東寄り、のどかな風景の道の左側にWALPIERの看板が見えます。ワルピエ社は1973年に腕利きのタン職人が創業したタンナーで、創業から一貫してその子孫が受け継ぎ家族経営を守っています。写真のとおり小ぢんまりとした工房です。

バルケッタ製法の美点と現代的な洗練されたテイストを合わせ持ち、市場で「無二の革」という極めて高い評価のブッテーロは、この工房から出荷されます。「ブッテーロ」を検索すると凄い件数がヒットしますが、その人気に対して供給量が限らるため、革自体の素晴らしさに加えて「希少」という意味でも価値のある革になっています。

maniacs革3-26さて、そして問題の黒い革をどうするかです。この課題にぶつかってから革素材を毎日手にとって眺め、革茶屋さんに多くの具体的アドバイスをもらいながら、革について深く掘り下げるうちに、maniacsでは「今回のキーカバーでブルーやキャメルの革に求めるテイストと、黒い革に求めるべきテイストは異なるはずだ」という考えに至りました。

違いの一つ目は、しぼり加工で革が立体に伸ばされた際に、カラーの革は色の濃い部分と伸びて色が淡くなる部分が美しいグラデーションになります。しかし、黒い革は伸びて色が薄くグレーっぽくなると質感を損ねてしまうのです。立体にしぼっても真っ黒を保てる深い漆黒色の革が望ましいです。

違いの二つ目は、カラーの革は色味が革の表情を豊かにし、しぼりによる陰影とグラデーションでさらにその表情が増すため、エレガントであるためには革自体はむしろ主張しすぎない、すっきりとプレーンなものが好ましいです。実際にブッテーロはそういう感じの革です。しかし黒い革は陰影もグラデーションもないので、革のハリとコシ、表面のしぼ模様、黒染めの深み、艶の具合といった革の素材感が全てであり、革そのものが表情豊にエレガンスを表現できるくらいの力強さが必要なのです。

maniacs革3-30候補として、フィレンツェ近くの大手タンナー、バダラッシカルロ社の「ミネルバリスシオ」、最近人気上昇のテンペスティエ社の「エルバマット」など、いずれも名の通った革をいくつかピックアップしました。その中から、求めるテイストに最もマッチする革として、革茶屋さんとともに選んだのは、モンタナ社の「リオダブルバット」です。

リオダブルバットは牛のお尻のほっぺ部分を、背を跨いで左右繋がったままの形でなめした革で、繊維の詰まった丈夫な革です。バルケッタ製法のハイスタンダードとも言えるもので、衣料品ではベルトやバッグのつるなど、強度が必要でかつ素材が商品性に直結するような用途に使われることが多いです。

黒色のリオダブルバットは、候補にあげた他のどのイタリアレザーよりも真っ黒で、表面は半艶消しでキメ細かい上品な革しぼがあります。ハリとコシが感じられるとともに、少ししっとりした風合いで柔らかな感触も併せ持っています。リオダブルバットには黒、こげ茶、茶の伝統的な3色しかなく、青、赤、黄などの色ものはもともと作られていません。このことは、この革の目指すところを端的に表しているとも言えます。

リオダブルバットの上質さは、ブッテーロとまた違った上質さです。市場で「リオダブルバット」は「ブッテーロ」に比較すると名称自体がアピールされる機会はやや少ないですが、その取引価格はブッテーロをも上回っています。素材として革をリスペクトしつつもその名称に頼らない、そんなプロフェッショナルに好まれる革なのだと思います。革茶屋さんでは、今回maniacsの希望を汲み取ってmaniacs向けのためだけに仕入れてくださることになりました。

maniacs革3-35上掲のGoogle写真は、サンミニアート地域を鳥瞰したもので、赤のバルーンがモンタナ社です。それ以外のグレーのバルーンは、試しにクリックすると大半が「製革所」と表示され、この地域に多くのタンナーが点在していることがあらためて実感できます。

っと思って見ていると、赤のバルーンのすぐ右隣にWalpier(ワルピエ)と書かれています。あれっ?と思って拡大してみましたら、なんとモンタナ社とワルピエ社は背中合わせに隣接していたのです。左写真のように、それはあたかもパズルのピースのように組み合わさって、たがいに補間し合うかのようにすら見えます。

maniacsはワルピエ社のブッテーロの採用を決め、しかしその黒色はしぼり加工に不向きで、やむ無く黒だけ他の革を探すこととなり、日本の栃木レザーを試すことに始まって、それから広くヨーロッパの革に視野を広げ、その歴史を遡ってスタディして、やはりイタリア革だという結論に至りました。その多くの候補の中から純粋に要望を最も満たす革として、リオダブルバットを選定したのです。

そのタンナーのモンタナ社が、1000を超えるイタリアのタンナーの中の、サンミニアート地域だけでもこんなに多くのタンナーがある中で、出発点となったワルピエ社と隣接していると知ったときには、まさにパズルのピースが嵌まったような、宝探しの謎を解いたような感動を覚えたのでした。

maniacs革3-24そして、早速革茶屋さんが作ってくださった一次試作を、栃木レザーの0次試作と比較してみました(一次試作はAudi用、0次のVW用とは異なる形状です)。写真では分かり難いかもしれませんが、革の印象が全く異なることに驚きました。

栃木レザーは高品質できちんとした印象が強いですが、リオダブルバットは品質感云々を超越する味わいがあります。革そのものが凛とした表情を持っていて、一言で言うならばエレガントです。深みのある黒色は迷いのない黒そのもので、半艶消しの質感がその黒さに絶妙にマッチしています。

maniacs革3-23革の裏面を見ると繊維が緊密に詰まっており、それでいて手指で触れるとややソフトな仕上がりです。革でもうひとつ重要なのは、その香りです。植物タンニンの種類、加脂のオイルの配合によって、革の香りは大きな違いが生じます。例えばブッテーロの香りは「ブッテーロ香」と言われるくらい特徴的です。言葉では難しいですが、針葉樹のような懐かしさのある木質系の香りに、管楽器の真鍮のような金属質の要素が微かにブレンドされ、この香りは慣れるとクセになります。

栃木レザーは、革と言えば誰しも想像するような典型的な本革の香りです。むかし父親が持っていた高級な革製の小銭入れがこんな香りでした。対してリオダブルバットはと言うと、ブッテーロ香にかなり近く、それを少しだけソフトにしつつ微かに新緑のような爽やかさを加えた感じの香りです。良し悪しではありませんが、栃木レザーと比べると驚くほど全く違う香りです。視覚、触覚だけでなく、嗅覚からもバルケッタ製法の伝統を感じることができます。

maniacs革3-37今回、革製キーカバーを開発する上で、maniacsが重要と思う要素が3つありました。1)仕様と設計、2)素材の選定、3)物づくりです。その中で1)と3)をちゃんとすれば「素材の選定」は実はこんなに突き詰めなくても良かったのかもしれません。適当に上質な革を選べば、きっとそれでも無難に纏まったでしょう。

もしかすると、掘り下げて調べたり学んだことは回りくど過ぎて余計な手間なのかもしれないと、無知と混沌の中で調査選定を進める途中で工房長自身もそう感じ、適当に切り上げようかとすら思いました。しかしこのキーカバーを本気で開発するんだ思うとき、納得のいく素材選びは自分自身にとってどうしても外せない要素だったのです。

長〜い説明になりましたが、パズルのピースが嵌まるように、期待以上の腹落ちでベストな革を選定・採用できたのは本当に喜ばしいことです。選び終わってみれば、その選択は必然であったように思えて、回り道に費やした多くの時間も報われた気持ちす。この恐ろしく長文の開発レポート、たぶん皆さまも途中で読むの嫌になったんじゃないかと(笑)。完読してくださった方がいらっしゃったら、心からお礼申し上げます。次回のレポートで、この一次試作を厳しく評価して二次試作へと進みます!